チェスターの郊外にあるマナー・ハウス昨日は長い一日だった。ロンドンを列車で出発してチェスターに到着。それからずっとチェスター市内を観光していたんだ。イーストゲートからシティ・ウォール、クロスやロウズを見て、チェスター大聖堂を歩いた。それから一旦ホテルに戻り、着替えて再びチェスター市内へ。レストランでディナーを楽しみ、ホテルに戻って部屋のベッドに倒れこんだというわけだ。そして今日は旅の二日目の日曜日。チェスターの観光は昨日の内に済ませたから、今日はのんびりだな。
ホテルのレストランで大好きなイングリッシュ・ブレックファストを食べ、ちょいと散歩。今回の旅の宿は、チェスター郊外にあるマナー・ハウスなんだけど、さすがに庭が広い。上の画像のように建物も歴史ありげだよ。
クラブウォール・マナーの歴史というわけで、のんびりついでに泊まっているマナー・ハウスの歴史を調べてみた。といっても、マナー・ハウスにあった英文資料を読んだだけなんだけどね。でも、これがなかなか面白いんだ。11世紀には、地元のアングロ・サクソン系の領主がこの荘園を所有していた。でも、イングランド征服王ウィリアム1世が王位についた後、その臣下のチェスター伯ヒューに与えた。あのチェスター大聖堂の元になった修道院を建てた人物だね。そのチェスター伯はこの荘園をその封臣に与えたらしい。 13世紀には、この荘園は聖ワーバラに捧げられた修道院(後のチェスター大聖堂)の所有となった。ところが、イングランド王ヘンリー8世の修道院解散により、この荘園はチェスターの商人の手に渡った。以後はその商人の子孫が荘園を受け継ぎ、西暦1600年には赤レンガの塔のある建物(上の画像の建物かな・・・)が建てられた。 19世紀以後は荘園は何度か売買され、20世紀後半になって買い取った持ち主によって、マナー・ハウスとしてオープンしたんだそうな。イギリスのマナー・ハウス・ホテルの標準的な歴史のようにも思えるね。 マナー・ハウスでのんびりそんな歴史あるマナー・ハウスは庭も広い。その庭でのんびりしながら、本を読んだり、スケッチブックを開いたり。
ちなみに、上の画像にある庭のベンチには金属製のプレートがあり、そこには「ダイアナ皇太子妃の思い出に」と記されていた。亡くなる前のダイアナ妃がここに来られたということなのかな。
マナー・ハウスの猫のエリック結局、チェスターに来て観光したのは旅の初日だけ。二日目も三日目もこのマナー・ハウスでのんびりしちゃった。といっても、マナー・ハウスの中にある温水プールで泳いだり、ジムで汗をかいたりはしたんだけどね。
そして三日目の午後、マナー・ハウスの猫のエリック(上の画像)にお別れをして、タクシーで駅へと向かう。私たちを乗せた列車は15時半にチェスターの駅を出発。ロンドンのユーストン駅に到着したのが18時。自宅に帰りついたのが19時前だったかな。
All rights reserved このサイトの画像 及び 文章などの複写・転用はご遠慮ください。 このサイトの運営は、あちこち三昧株式会社が行います。
|