東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

マルタ

2000 年 5 月


23. イムディナ

1565年5月、マルタ島に上陸直後のオスマン・トルコ軍内では攻撃目標に関して議論が行われた。

トルコ軍の指揮官ムスタファ・パシャは、イムディナ攻略を主張。しかし、艦隊の安全な停泊地を求める提督ピアリの主張により、攻撃の矛先は聖エルモ城砦に向けられた。

その結果、イムディナは、グレート・シージにおいて忘れ去られたような存在となった。

しかし、そんなイムディナが極めて重要な役割を果たしたことがある。そのことについて書こうと考えたのだが、話が長くなるので、別のページに書くこととする。興味のある人は、右下のボタンをクリックしてくださいませ。

グレート・シージにおける
聖ヨハネ騎士団最大の危機


サイレント・シティ

ヴァレッタ建設までマルタの首都であったイムディナは、サイレント・シティ(静寂の街、沈黙の街)と呼ばれている。

イムディナの大聖堂 そのイムディナの中心にあるのが、イムディナ大聖堂(右の画像)。

その中に入りたいのだが、入り口の扉は閉ざされている。昼食後のこの時間帯は、マルタのほとんどの教会の扉が閉ざされるのだ。

ツアーは強い

そこへ欧米人のツアーの人々がやってきた。しかも二組。二人の添乗員達は、大聖堂の扉をノックしている。誰も出てこない。しかし、添乗員連合は諦めない。

やがて扉が開かれ、ツアー客は大聖堂の中に入る。それを見ていた個人旅行者も大聖堂の入り口に向かう。もちろん私も。

イムディナの大聖堂の内部 入り口でごった返す人々の中にまぎれて、大聖堂の中に入ることが出来た。その大聖堂の内部の様子が右の画像。

城壁から

イムディナの城壁から見た景色 街の城壁を歩く。海抜150mのイムディナからの眺望が右の画像。

静寂

さてヴァレッタに戻る時間だ。バス停に向かう途中で道に迷う。

イムディナの路地 しかし、イムディナでは、道に迷うこともなかなかに楽しい。

静寂を絵に描いたような路地(左の画像)を発見することが出来る。

ヴァレッタに戻る

ヴァレッタに到着後、シティ・ゲート近くのカフェで休憩し、ホテルに戻ったのが 5 時半。

決して馴染むことはないだろうと思われたオンボロ・ホテルだ。しかし、三日目ともなれば、部屋に入った瞬間にくつろいだ気分になるから不思議だ。

夕食もホテルのレストランでとる。到着以来ずっと夕食はホテルでとっている。

食べたのは、オリーブ、タコのスパゲティ、ソード・フィッシュ(カジキマグロ)のグリル、それにゴゾ・チーズ。もちろん、マルタのワインと食後のエスプレッソは当然のこと。そして、夕闇のスリー・シティズ

(タコのスパゲティも到着以来ずっとやけどな。)



次のページ

前のページ
この旅の日程表


姉妹サイト 「ヨーロッパの歴史風景」



ヨーロッパに興味のある方は、この「ヨーロッパ三昧」の姉妹サイトである「ヨーロッパの歴史風景」(先史・古代編中世編近世編近代・現代編)にも行ってみてくださいね。


Copyright (c) 2000-2001 Tadaaki Kikuyama
All rights reserved
このサイトの画像 及び 文章などの複写・転用はご遠慮ください。