東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

マルタ

2000 年 5 月


22. ラバト

さてヴァレッタでの予定は終了。

余った時間を利用して、イムディナ(あるいはムディナ)とラバトへ行くこととした。(ラバトとイムディナは隣接している。その位置に関しては、ココをクリック。)

ヴァレッタのシティ・ゲート前のバス・ターミナルから、バスに乗り込む。

暴走バス

ラバト行きのバスの運転手 その運転手(右の画像)は、昨日の運転手のようなヤサ男ではない。

暴走族だ。左手はギア・レバーから離れない。ギア・シフトしながら急加速することが趣味みたいな奴である。

(そんな奴、俺の身近にもおるで。)

そんな暴走バスでも、バス停では停車する。これが商売なのだから仕方がない。

あるバス停での話。かなり高齢の御婦人が、大きな荷物を下げて乗り込もうとした。ところが、荷物が重すぎて、バスの乗車口を登れない。

ドア近くに座っていたイギリス人カップルの彼が、すっくと立ち上がっておばあさんの荷物を持ってバスに運び込む。それを見た暴走運転手は、彼に向かって礼を言いながら頭を下げる。

なかなか良い奴じゃないか。しかし、ひとたびバスが走り出すと、やっぱりこの運転手は暴走族だった。

ラバトに到着

やがてラバトに到着。ラバトはイムディナの弟みたいな街だ。イムディナが貴族の街ならば、すぐ横のラバトは庶民の町である。

聖パウロ教会

ラバトの聖パウロ教会 そのラバトの中心パリッシュ広場に面して立つのが、聖パウロ教会(右の画像)。

建設されたのが 1572 年というから、オスマン・トルコの艦隊が敗れたレパントの海戦の翌年の建物ということになる。

食べそびれた ...

それにしても腹が減った。ちょっと遅くなったが昼食にしようと、パリッシュ広場に面して立つ数軒のレストランに入ってみる。

しかし、どの店も今から閉店するところだという。結局、食べるところを見つけることは出来ず、空きっ腹を抱えて観光を続けることになった。

(いつもならば昼食をとりながら夕食を何にするか考えるキミにしては、珍しい失態やな。)

聖パウロの地下墓地

ラバトの聖パウロの地下墓地 ラバトの路地をたどったところに、聖パウロの墓地(右の画像)がある。

入場料 1 マルタ・ポンドを払い、狭い階段を下りれば、そこは地下墓地。

薄暗い地下墓地はまるで迷路だ。ところどころに明かりが灯されてはいるが、その影に入れば真っ暗に近い。

しかも、あちこちに埋葬に使われた穴が残っている。今は人骨は残されてはいないが、なかなかに涼しいところであった。


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