東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

マルタ

2000 年 5 月


2000年5月20日(土曜日)

7. バスに乗る

6 時半に目がさめた。身支度をして 3 階のバーのテラスに出る。

そこで見た景色が下の画像。少し霞みがかかっている。日中は船の出入りが多いグランド・ハーバーだが、さすがにこの時間は静かだ。水面もゆったりとしている。(この静かな水面で、西暦1565年にはオスマン・トルコと聖ヨハネ騎士団の軍船が熱い火花を散らしたんだ。)

7 時半からホテルのレストランで朝食。ホテル・ブリティッシュという名前から、イングリッシュ・ブレックファストが出るものと勝手に決めていた私は、簡素なコンティネンタル・ブレックファストにガッカリである。

バス・ターミナル

8 時半にホテルを出発し、シティ・ゲートの外にあるバス・ターミナルに向かう。

コンクリートの小さな建物が切符売り場だ。そこで一日乗車券を買う。 1.50 マルタ・ポンド( 390 円)。

乗り込んだのは 1 番線のバス。車両の中には禁煙と書いてあるが、運転手は煙草をくわえている。その運転手に「ヴィットリオーザに行くか ?? 」と尋ねる。「イエス」とぶっきらぼうな答え。

ドアを開いたままで、私を乗せたバスが発車。マルタでの初めてのバスの旅が始まった。(前回の旅では、車を借り切って見て回った。)

(ホンマにバスに乗ったんやな。絶対にタクシーに乗るやろと思てたわ。)
いや、ホンマは迷ったんや。バスに乗る瞬間まで「面倒くせえなあ。タクシーに乗ろうかなあ。」と考えてたんやけどな。

交通事故に大騒ぎ

バスが発車して 15 分ほど走っただろうか。バスがコットネラ近くのラウンド・アバウト(ロータリーと言えば良いかな)に入った時、乗用車2台 が 衝突。幸いにも負傷者は無かったようだが、当事者の一人は車を飛ばして逃げてしまった。

残された当事者のオバサンは、車をラウンド・アバウトの真ん中に止めたまま大騒ぎを始めた。

私たちを乗せたバスの運転手も降りていって騒ぎに加わる。通りがかりの地元の老人も参加。更に神父さんも仲間に加わり、事故車の周囲では大騒ぎになった。

他方でバスの中でも乗客たちが口々に何かを叫んで、こちらも負けずに大騒ぎ。言葉のわからない私は、ひとり蚊帳の外。

はてさて、目的地に着くことはできるのかしらと不安になる。しかし、騒ぎにも飽きたのか、人々は事故車の周りから去っていく。運転手も戻ってきた。バスの旅の再開だ。

運転手はエエ男

バスは丘の上で停車。運転手が私に向かって、「ヴィットリオーザだよ。降りるんだろ。」と言ってくれた。

無愛想な奴だと思っていたが、エエ奴やんか。乗るときに私が尋ねたことを覚えていてくれたんだ。礼を述べてバスを降りた。

その無愛想なようで親切な運転手の画像が右にある。

(運転手の写真を見た奥さんが「エエ男や」言うてたで。)


次のページ

前のページ
この旅の日程表


姉妹サイト 「ヨーロッパの歴史風景」



ヨーロッパに興味のある方は、この「ヨーロッパ三昧」の姉妹サイトである「ヨーロッパの歴史風景」(先史・古代編中世編近世編近代・現代編)にも行ってみてくださいね。


Copyright (c) 2000-2001 Tadaaki Kikuyama
All rights reserved
このサイトの画像 及び 文章などの複写・転用はご遠慮ください。