東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

マルタ

2000 年 5 月


8. カルカーラ・クリーク

カルカーラ・クリーク バス停から坂道を下り、入り江の集落に出る。このあたりがカルカーラだ。

(ヴァレッタやスリー・シティズ周辺の略図は、ココをクリック。下手な図で恐縮だけど ... 。)

第1次世界大戦の際に地中海での作戦行動に参加し、命を落とした日本の海軍将兵の慰霊碑が近くにあるらしいが、今回は訪ねる時間が無い。

カルカーラ・クリークには多くの小船が浮かんでいる。マルタの船の舳先には目が描かれているというのだが、この入り江の船に描かれているのは鳥が多いようだ。マルタの中でも地域差があるのか、それともデザインにもトレンドがあるのか。

聖アンジェロ城砦

ビーギから見た聖アンジェロ 右の画像は、ビーギの浜から見たビルグの聖アンジェロ城砦。

1565年6月23日、シシリアからの小規模な援軍が、上陸したオスマン・トルコの大軍が溢れるマルタに到着した。

彼らはトルコ軍に発見されることなくカルカーラの入り江に辿り着き、小船に乗ってビルグに入っている。その同じ6月23日、一ヶ月もの猛攻に耐えた聖エルモ城砦が陥落している。

ヴァレッタ

ビルグから見たヴァレッタ

上の画像は、ビルグの浜から見たヴァレッタ。

半島の先端(右端)には、聖エルモ城砦がある。聖エルモ城砦に対するトルコ軍の砲撃が始まったのは 5月24日。そのトルコの砲が配置されたのが、聖エルモ城砦を見下ろす位置にある高台シベラス山である。

グレート・シージを跳ね返した後、騎士団長ラ・ヴァレッテは、トルコが再び侵攻してくるものと予想していた。その際に聖エルモ城砦を砲撃する絶好の位置にあるシベラス山を敵に渡すことを阻止するために、その地に要塞都市ヴァレッタを建設したわけだ。

ヴァレッタ建設の際に山の地形は変えられたが、シベラス山が聖エルモ城砦を見下ろしていることが上の画像からもわかる。


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