東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

マルタ

2000 年 5 月


11. ビルグを歩く -1

朝から歩き続けて喉が渇いた。ヴィクトリー広場にあるバーのテーブルに腰を下ろしてビールを注文する。

出てきたのが、 CISK というマルタのビール。なんて発音するんだ ?? シスクか、キスクか、それともチスクか ?

どれも正解というのが、店のお姉さんの答え。様々な国の観光客が、勝手な読み方で注文するんだろう。

ヴィクトリー広場

ヴィクトリー広場から見た聖ローレンス教会 右の画像は、ビルグの中のヴィクトリー広場。グレート・シージにおける聖ヨハネ騎士団の勝利を記念してヴィクトリー広場と名づけられた。

ちなみに、ビルグという地名がヴィットリオーザと改められたのも、同様にグレート・シージでの勝利を記念したもの。

聖ローレンス教会

右上の画像の中で遠くに見えるのは、聖ローレンス教会。聖ヨハネ騎士団が新しく築いた要塞都市ヴァレッタ聖ヨハネ大聖堂が建設されるまで、騎士団の中心的な教会だった。残念ながら、その入り口の扉は閉じられていた。

昼食

さて、昼食の時間だ。

何処で食べようかと手頃な店を捜し歩いた末に入ったのが、聖ローレンス教会近くの「オールド・シティ・パブ」という店。

名前とは裏腹に、ロンドンのロの字も感じさせない店だったが、次から次へとやってくる地元の人たちを見ていると退屈しない。

ビルグの岸壁のパブ 右の画像は、店で飲んでいる地元の人たち。みんな顔見知りのようだった。

ちなみに、背中を向けているのは、お巡りさん。彼が勤務時間中にビールを飲まなかったことは私が証言できる。

この店で私が食べたのは、タコのスパゲティ。ちょっと麺が柔らかすぎたが、ナポリタン風で悪くない。もちろん、ビールは気に入りのCISKだ。

(またタコかい !?)

ビルグの城砦

ビルグ陸側の守り 食事を終えて、ビルグを後にする。右の画像はビルグの陸側の守り。

1565年8月18日、トルコ軍の仕掛けた地雷により、ビルグの陸側の城壁が爆破され、一部が崩壊した。

そこへトルコ軍部隊が殺到する。混乱する守備側は、トルコ軍部隊を止めることが出来ない。教会の鐘が鳴り響く。司令部にいた騎士団長ラ・ヴァレッテは、護衛の兵の槍をつかみ、城壁に向かう。

ラ・ヴァレッテの近くで砲弾が炸裂した。その破片で足に負傷したラ・ヴァレッテ。周囲の人々は安全な場所に退くようにと彼に薦める。

しかし、老騎士は頑として応じない。「この年齢で、友や兄弟に囲まれて、神のために死ぬことが出来るのは、最高の栄誉だ」。

やがて城壁からトルコ兵が駆逐され、そこに掲げられていたトルコ軍旗が引き下ろされた。その日、やはり騎士団所属の騎士だったラ・ヴァレッテの甥が戦死している。


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