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東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅
イタリア北部
1996年9月
ヌムール公ジュリアーノ 略年表
- 1479年、大ロレンツォの三男 ジュリアーノ・デ・メディチ誕生。
- 1494年、メディチ家がフィレンツェを脱出。
- 1512年、メディチ家がフィレンツェに復帰。
- 1513年、ジュリアーノの兄ジョヴァンニ・デ・メディチが法王レオ10世となる。ジュリアーノは、法王軍総司令官に就任。
右の画像は、ラファエロが描いた法王(教皇)レオ10世。
この絵は、ウフィツィ美術館で観ることが出来る。
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- 1515年、フランス王ルイ12世の死去により、フランソワ1世が即位。ジュリアーノは法王レオ10世の代理としてフランスに赴いた。その際に、新王の叔母に当るサヴォア公女フィリベルトと結婚。フランス王よりヌムール公の称号を得た。(ヌムールはパリの南にある街。)
- 1516年、ヌムール公ジュリアーノ・デ・メディチ死去。
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