東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

旧東ドイツの旅 1997 年 5 月

ベルリン、ポツダム、ライプツィヒ、マイセン、ドレスデン



1997年5月4日(日曜日)
09. ツェツィリンホフ宮殿(ポツダム)

私たちが泊まったのは、ベルリン市内にあるインターコンティネンタル・ホテル。このホテルには和朝食がある。御飯と味噌汁と塩ジャケなどなど。

私は日本食にはこだわらない。イングリッシュ・ブレックファストだって大好きなのだ。しかし、コンティネンタル・ブレックファストでは物足りない。というわけで今朝は和朝食をいただく。

ポツダム

今日の最初のお目当てはポツダム。ベルリンからはバスで20分ほどのところにある。ベルリンをグルリと取り囲んでいるブランデンブルク州の州都。人口は13万人ほどの街だ。

ベルリンから程よい距離にあるからか、かつてはベルリンに住む貴族や富豪たちの別荘村でもあった。しかし、第2次大戦後、多くの別荘はソ連軍に接収され、将校達の宿舎として使われていた。

ドイツが再統一されソ連軍が引き上げた今、返還された別荘の所有権をめぐっていくつもの訴訟がおきているらしい。




ツェツィリンホフ宮殿

そんなポツダムのはずれにあるのがツェツィリンホフ宮殿。かつてはドイツ帝国の皇太子の宮殿として使われていた。

また、日本人にとっても歴史的に重要な場所でもある。1945年7月15日から連合国の首脳であるチャーチル・トルーマン・スターリンがここに集まり、1945年7月26日にはポツダム宣言を出している。その宣言において、連合国は日本の無条件降伏を要求したわけだ。

ツェツィリンホフの顔 そんなことを考えると、宮殿に足を踏み入れるにも身構えてしまうのだけど、敷地の中に入った途端に楽しくなってしまった。

だって、真っ先に出迎えてくれたのが、ブタ鼻の愛嬌のある顔(右の画像)なんだもの。建物の一角が顔に見えるよね。

宮殿の建物の中には、連合国の首脳達が使った机や椅子も残されている。ただし、カメラの使用は禁止。売店で絵葉書を買おうとしたら、バラ売りはしていない。何枚か一組の絵葉書しか置いていないんだってさ。

宮殿の内部を見終わり、庭を歩く。モクレンは満開だし、よく手入れされた庭には、たくさんの花が咲いている。悲惨な戦争のメモリアルとなっている場所だけど、何故だかホッとさせてくれた居心地の良い宮殿。

ツェツィリンホフ宮殿と庭


【参考】都市別ツアー


【参考】ホテル検索


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