東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

キプロス 1999年12月


キプロスの歴史
西暦 16 世紀から 20 世紀まで

オスマン・トルコ

西暦 1570 年 7 月、イタリアの海洋帝国ヴェネツィアの支配下にあったキプロスの沖合に、オスマン・トルコの艦隊が姿を見せた。上陸したオスマン・トルコの兵は、ヴェネツィアの守備隊のこもる都市を。次々と落としていく。最後に残ったのは、東部の要衝ファマグスタだった。

キリスト教諸国の連合艦隊を組織し、キプロスを死守しようとするヴェネツィア。しかし、キリスト教諸国の利害は対立し、足並みをそろえることができない。

西暦 1571 年 8 月、ついにファマグスタの守備隊は降伏した。ようやく足並みをそろえることが出来たキリスト教諸国の連合艦隊が、レパント沖でオスマン・トルコの艦隊を破った(いわゆる「レパントの海戦」)のは、同じ年の 10 月 7 日のことだった。

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キプロスを征服した当時のオスマン・トルコのスルタンは、セリム 2 世だった。イスラム教徒でありながら酒を愛したセリム 2 世がキプロスを征服したのは、島で生産されるコマンダリアが欲しかったからだとの俗説もある。

西暦 1571 年 9 月 12 日、セリム 2 世が勅命を発した。キプロスへのトルコ人の移住を命じたのだ。その結果として島に移り住んだトルコ人は、 3 万人に達したらしい。島に定住したトルコ兵のほかに、アナトリアで集められたトルコ人の職人達である。

当時のギリシア系キプロス人の数は 15 万人。ギリシア系住民とトルコ系住民との比率は 5 対 1 となった。現在でも、この比率はほぼ同じなのだそうだ。

リマソルの街に残るモスクのミナレット 右の画像は、キプロス島の海辺の街リマソルに残されたモスクのミナレット(尖塔)。

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大英帝国

西暦 1875 年、ディズレイリを首相とする大英帝国が、スエズ運河の株を買収した。

西暦 1878 年、大英帝国がキプロスを獲得した。その目的は、スエズ運河防衛のための拠点の確保に合った。(但し、公式的には、キプロスを領有権はオスマン・トルコにあった。)

西暦 1914 年、大英帝国が公式的にキプロスを領有。ドイツ側に立って第 1 次大戦に参戦したトルコが、ローザンヌ条約においてキプロスを放棄した結果である。

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独立

西暦 1960 年、キプロス共和国が独立。(しかし、現在でもキプロス島内にはイギリス軍の基地が残されている。湾岸戦争の際には、その基地から英軍機が出撃したこともある。)

分断

西暦 1963 年、ギリシア系住民とトルコ系住民との間に内戦が勃発した。

西暦 1974 年 7 月 14 日、キプロス大主教でもあるマカリオス大統領に対するクーデターが起こった。大統領はトルコ系住民に対して宥和策をとっていたが、その政策に不満を持った軍部が実権を握った。ギリシアの軍事政権による支援があったとも言われている。マカリオス大統領は英国に亡命した。

同年 7 月 20 日、トルコ軍がキプロスに侵攻した。トルコ系住民の保護を名目としていた。トルコ系勢力は島の北側 3 分の 1 を支配し、ギリシア系勢力は島の南側を抑えた。南からはトルコ系住民が北に逃れ、北からはギリシア系住民が南に逃れた。混乱の中、多くの人々が命や家族や故郷や財産を失った。

西暦 1983 年 11 月 15 日、北側のトルコ系地域が「北キプロス・トルコ共和国」として独立を宣言。キプロスの分断は更に固定された。(但し、トルコのみが北キプロス・トルコ共和国を承認している。)

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現在

今でもキプロスの分断は続いている。首都ニコシアにある検問所リドラ・チェック・ポイントには、喪服の女性が立っている。混乱の中で家族を失った人々だ。向こう側から家族が姿を見せるのを待ち続けている。

南北の対立は男達をも巻き込んでいる。キプロスには今でも徴兵制がある。高校を卒業した男性は、 2 年 2 ヶ月の兵役につく義務を課せられている。

私たちは真冬のロンドンを逃れ、南の島キプロスで休暇を楽しんでいる。しかし、キプロスは南の海の楽園ではない。

【参考】都市別ツアー


【参考】ホテル検索





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