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東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅
バルセロナで冬の休暇
(スペイン 1995年12月)
07. 海の聖母マリア教会 (バルセロナ、スペイン)
ピカソ美術館を見た後、再びゴシック地区を訪れる。右に左に路地を歩いて、目指す建物をさがす私たち。
サンタ・マリア・デル・マール(海の聖母マリア)教会
(バルセロナ、スペイン)
港町として長い歴史を誇るバルセロナ。そんなバルセロナで船乗り達の心を受け止めてたのが、この「海の聖母マリア教会」なんだ。
地中海を西に東に行き交う勇敢な船乗り達。だけど、彼らには聖母マリアが必要らしい。だから、地中海各地の港町に「海の聖母マリア教会」が残っているわけだ。
このバルセロナだけじゃなく、フランス南部のプロヴァンスやイタリアにも「海の聖母マリア教会」があるんだ。(私の気に入りは、ピサとジェノヴァの間にあるヴェルナッツァの「海の聖母マリア教会」。)
今でこそ教会から海までは歩いて15分ほどの距離になっているけど、この教会が建てられた当時、ここまで波が打ち寄せていたらしい。
その海辺で見つかったのが西暦304年のローマ皇帝ディオクレティアヌスのキリスト教徒迫害の際に殉教したバルセロナ出身の聖女エウラリアの遺骸だった。
しかし、8世紀前半のイスラム教徒の侵攻の際、聖女エウラリアの遺骸は行方不明になってしまった。
歳月が流れて13世紀、聖女エウラリアの遺骸が再発見された。聖女の遺骸はカテドラルに運ばれ、遺骸が納められていた石棺はこの「海の聖母マリア教会」の洗礼盤になったと伝えられている。
やがて、聖女エウラリアはサン・ジョルディ(聖ジョージ)と並んで港町バルセロナの守護聖人となり、また「海の聖母マリア教会」は中世を通じてバルセロナの船乗りたちを守り続けてきた。
余談ながら、やはり海の聖母マリア教会を崇敬していたカタルーニャ海軍の兵士達は、海戦の際には「聖母マリア (サンタ・マリア) !!」と叫んで突撃したらしいよ。
余談ながら、海の男でもキリスト教徒でもないんだけど、私も聖母マリアが大好き。特にラファエロの描く聖母マリアが大好きなんだ。
カタルーニャ独立主義者の大本山
余談をもう一つ。スペイン継承戦争末期の1714年、ハプスブルグ家を支持するバルセロナを、ブルボン朝出身のスペイン国王フェリペ5世の軍が征服した。その際にバルセロナを守って戦死した人々の遺骸も、この海の聖母マリア教会に埋葬されているんだ。
そんな海の聖母マリア教会は、カタルーニャ民族主義の大本山ともなっている。だから、今でも毎年9月11日には、この教会を中心として、カタルーニャ独立派のデモが行われるらしい。
幻の巨砲 「聖女エウラリア」
1131年に改善された製鉄法のおかげで、中世のバルセロナでは製鉄産業が盛んだった。その鉄を利用して、バルセロナでは大砲も製造されていたんだって。
1463年のことなんだけど、バルセロナで重さ810トンの巨砲が製造された。付けられた名前は街の守護聖人「聖女エウラリア」。
ところがだ、この巨砲を実際に発射したら、一発目で砲身が破裂しちゃった。というわけで、巨砲「聖女エウラリア」は幻に終わっちゃったわけだ。
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