東西南北 春夏秋冬
ヨーロッパの旅
春のルーマニア
東欧(1998年5月)
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1998年5月27日(水曜日)
25. 大学広場と国民宮殿 (ブカレスト、ルーマニア)
ルーマニアの旅の五日目にして最終日の朝は、首都ブカレストで迎えた。さすがに首都のホテルだけあって、部屋も設備も申し分ないね。
しかも、レストランには豊富な食べ物が用意されていたんだ。ソーセージにチョリソやベーコン、目玉焼きにスクランブル・エッグやゆで卵、数種類のパンも美味しいし、ハムにチーズにサラダにフルーツ。
私が好きなだけ食べても食べ物がなくなることはなかったから、シビウのホテルの朝食とは大違いだねえ。
しかし、ルーマニアを訪れて首都ブカレストだけを見た人は、絶対に誤解するね。この国には食料品や物資は十分にあると思うに違いないよ。
言い換えれば、この国の現実を見るためには、地方を見なきゃいけないということかな。薄焼きタマゴと間違えるようなオムレツや、誰かが大食いすれば無くなってしまうようなホテルの朝食、ゴワゴワのトイレット・ペーパーや赤い水道水なんて、首都ブカレストじゃ経験しなかったものね。
反チャウシェスクのデモが起こった大学広場 (ブカレスト、ルーマニア)
朝食の後、ホテルの部屋に戻ってのんびり。ソファーの横にあった薄いパンフレットをパラパラ。
ン... ?? この場所には見覚えがあるぞ !! パンフレットの中の一枚の写真をじっくりと見た私は、部屋の窓に駆け寄った。再びパンフレットの写真...。
間違いない。私たちの部屋の窓から見える場所(右の画像)は、「大学広場」だ。
今はただ車が走るだけの大学広場。でも、パンフレットの中の写真では、溢れるほど多くの人々が押しかけている。
1989年12月、反チャウシェスクの炎は消しようが無く、この大学広場でも大規模なデモが行われたんだ。そして、独裁者チャウシェスク大統領夫妻は処刑された。
余談ながら、昨夜もホテル前の路上では大騒ぎがあったんだ。また革命かクーデターかと心配になった私は、窓から身を乗り出して、路上の様子を観察した。
結論から言えば、昨夜の騒ぎはサッカーのフーリガン。地元で開催されていた大会でギリシャのチームが勝ち、応援していたギリシャの人々が大騒ぎをしていたらしい。
チャウシェスク宮殿 (あるいは国民宮殿)
(ブカレスト、ルーマニア)
9時半にバスに乗り込み、到着したのは右の画像にある場所。そう、あの有名なチャウシェスク宮殿(正確には、国民宮殿)の扉が、右の画像。
この扉と私の大きさを比較するだけでも、チャウシェスク宮殿の大きさがわかるよね。
ガイドのイヴァンカさんによれば、これは世界で二番目に大きな建物なんだって。(世界で最大の建物は何だろう ?? エジプトのピラミッドかな ?? でも、ピラミッドは建物とは言わないかな。)
原則として、チャウシェスク宮殿の中では、カメラは使用禁止なんだ。でも、入り口で15,000レイ(240円)を払って撮影許可証をもらえば、カメラも使用可能。その結果が右の画像さ。
このチャウシェスク宮殿の中には、2,000以上もの部屋があるんだって。しかも、どの部屋にも銀や大理石をふんだんに使って豪華な装飾を施してある。当時のルーマニア国民は、海外からの借り入れの返済のために窮乏生活を過ごしていたんだけどね。
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