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BC 2c 末
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イタリアのローマから進出してきた古代ローマ帝国の支配下に入る。
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AD 6-10c
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ゲルマン諸族・アラブの侵攻。
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AD 10c末
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プロヴァンス伯がアラブ勢力を駆逐。
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AD 1191
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神聖ローマ皇帝ハインリッヒ6世が、モナコをジェノヴァの宗主権下に置いた。
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AD 1215
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ジェノヴァ人がモナコの「岩」に砦を築いた。
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AD 1296
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ゲルフ(法王派)のグリマルディ家が、ジェノヴァを追放された。同家はプロヴァンスに亡命。
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AD 1297
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グリマルディ家がモナコを占領。その立役者はフランチェスコ派修道士だったフランソワ・グリマルディ。
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AD 1301
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グリマルディ家がモナコを失った。
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AD 1331
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グリマルディ家のシャルル 1 世がモナコを回復。彼は実質的にモナコ大公家の創始者と評価されている。
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AD 1489
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フランス 及び サヴォイがモナコの主権を承認。
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AD 1507
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ジェノヴァが 100 日以上に渡りモナコを攻囲。結局モナコは陥落せず、ジェノヴァ軍は撤退した。
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AD 1512
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フランスによりモナコの主権が承認された。
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AD 1525
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スペインの保護下に入った。
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AD 1641
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ペロンヌ条約により、フランスの保護下に入った。その際、フランスのヴァレンティノワ公爵領を与えられている。
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AD 1715
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グリマルディ家の男子相続人が途絶え、
フランスのゴワインヨン・マティニョン家が
婚姻によりグリマルディ家を継承した。
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AD 1793
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革命フランスにより併合された。
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AD 1814
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フランス皇帝ナポレオンの没落後、パリ条約により、グリマルディ家がモナコに復帰した。
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AD 1815
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ウイーン条約により、サルディニア王国の保護下に入った。
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AD 1861
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フランスがモナコの主権を承認。
同時にモナコはフランスの保護下に入った。
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AD 1918
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フランス・モナコ条約。
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- グリマルティ家が途絶えれば、モナコはフランス内の自治国となる。
- 大公位の継承にはフランス政府の承認を要する。
- フランスはモナコの防衛を保証する。
しかし、
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AD 1940
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イタリアによる占領。
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AD 1943
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ドイツによる占領。
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AD 1993
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国連に加盟。
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