東西南北 春夏秋冬
ヨーロッパの旅
マルタ
2000 年 5 月
16. 騎士団長宮殿
ヴァレッタ市内を歩く。16世紀に聖ヨハネ騎士団によって建設されたヴァレッタという街は、観光客で溢れかえる時期を除けば、歩きやすいところである。
まず、治安が良いこと。次に街の規模が小さいこと。シティ・ゲートから半島の先端にある聖エルモ城砦まで、1kmあまりにすぎない。さらに、ある種の都市計画によって建設されているだけに、道路が碁盤目状になっており、道を覚えやすいこともありがたい。
騎士団長宮殿
リパブリック通りを歩いて、やってきたのが聖ヨハネ騎士団の騎士団長宮殿。
建物に入ると、まず目に入るのが内部の庭(右の画像)だ。
陽射しを浴びて歩き回っていた身体には、ひんやりとした空気が心地よい。
しかし、入場料を支払う際にガッカリさせられた。
2 階にある騎士団時代の部屋は、今は公開されていないというのだ。前回のマルタの旅の際に見ているのだが、もう一度見たかった。
騎士たちの武具
1 階にある鎧や武具の展示室(右の画像)を見て歩く。
武具の展示室の中でもひときわ目立つのが右下の画像の鎧だ。
1601年から1622年にかけて聖ヨハネ騎士団長を務めたアロフ・ド・ウィニャクールの鎧である。
イタリア・バロックの画家で殺人の罪によって逃亡していたカラヴァッジョをかくまったことで知られるウィニャクールは、極めて熱心に騎士団の海軍力の増強に努めた。1617年には、オランダの首都アムステルダムにおいて大ガレオン船を建造させている。
彼は1607年には神聖ローマ帝国の公爵位を得ている。フランスの名家である彼の家系からは、1690年にも聖ヨハネ騎士団長が出ている。
(余談ながら、聖ヨハネ騎士団の騎士団長宮殿は、西暦1522年にオスマン・トルコが侵攻するまで本拠としていたロードス島にも残っている。また、エジプト遠征途上のナポレオンがマルタ島を奪って後、聖ヨハネ騎士団は本拠をローマ法王の足許のローマにおいているんだ。)
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