マルタ・ゴゾ入門1998年12月
マルタ島 1998年12月27日 09. 騎士団長宮殿 -1.ヴァレッタのゲートを抜け、共和国通りを北に向かって歩く。小さな教会を覗くと、中ではミサが行われていた。あ、そうか。今日は日曜日だった。 やがて左手に国立考古学博物館。この建物は、プロヴァンス出身の騎士たちの宿舎(ないしは分団本部とか支団本部とか)だった建物だ。騎士団当時の名前では、オーベルジュ・ド・プロヴァンス Auberge de Provence。 それをあるガイド・ブックは「田舎の宿屋」と訳してあった。思わず吹き出してしまう。それじゃあ何のことだか、ちっともわからない。歴史的な意味を持つ言葉って、訳すのは難しいけどねえ ... 。 ちなみに、訳すのが難しいのは、料理用語だって同じだ。イギリス名物のスコーンに使うクロッテッド・クリームを辞書で引いたことがある。「脂肪分の多い柔らかいクリーム」とあった。これじゃあスコーンを食べたことがない人は、全く想像出来ないよねえ。それに、ちっとも美味しそうじゃない !! おっと、余計なことを書いているうちに、最初の目的地に到着した。 聖ヨハネ騎士団の騎士団長宮殿私が見たかった騎士団長宮殿(右下の画像)。1565年のオスマン・トルコによるマルタ侵攻を聖ヨハネ騎士団が撃退した翌年、つまり1566年にマルタの首都ヴァレッタの建設が始まって8年後、1574年に完成した建物だ。
建物の入口には、警備の警官が立っている。というのも、この建物はマルタ共和国の大統領官邸であると同時に、共和国議会の議事堂としても使用されているから。しかし、私にとってはエジプト遠征途上のナポレオンによってマルタ島を奪われるまで、聖ヨハネ騎士団の本部となっていた建物。聖ヨハネ騎士団ファンの私としては、見逃すわけにはいかない。(自慢してよいのか疑問はあるが、マルタ島に来る前に聖ヨハネ騎士団が本拠を置いていたエーゲ海のロードス島にも、ナポレオン以後に聖ヨハネ騎士団が本拠を置いたイタリアの首都ローマにも、私は彼らのゆかりの場所を訪ねて行っているんだ。)
警官の横を抜けて、中庭の奥に進む。そこに観光客用の受付がある。1階を見るだけならば、入場料は 1マルタ・ポンド( 320円)。2階も見るならば、別に 1マルタ・ポンド。 受付の奥に進めば、騎士団長宮殿の 1階を見て回ることができる。そこには、騎士団時代のものを中心とした武具が展示されている。
しかし、私が見たいのは 2階なのだ。
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