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東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅
カンパーニャ と ローマ・ヴァティカン イタリア
第四部 ローマ・ヴァティカン編
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D60. サンタンジェロ橋から見るサンタンジェロ城 (サンタンジェロ城 -1.)
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ティベレ川にかかるサンタンジェロ橋と
サンタンジェロ城(カステル・サンタンジェロ)
ボルゲーゼ美術館とヴィラ・ジュリア博物館のあるボルゲーゼ公園からタクシーでやってきたのが、ティベレ川にかかるサンタンジェロ橋。今回の旅でのローマの観光を、サンタンジェロ城で締めくくろうというわけだ。
サンタンジェロ橋のたもとからティベレ川越しにサンタンジェロ城(カステル・サンタンジェロ)を眺めたのが下の画像。私たちがローマに到着して以来、異様な暑さの続いているイタリアなんだけど、川の水の青が画像に入ると少しは涼しげに見えるね。(実際には本当に暑いんだけど。)
サンタンジェロ橋の上から見たサンタンジェロ城
サンタンジェロ橋の上を少し歩いてサンタンジェロ城を眺めた様子が下の画像。かつて中世の巡礼たちも、同じような風景を眺めたんだろうね。
多くの巡礼が歩いたこの橋で、惨事が起こったことがある。西暦1450年のことなんだけど、多くの巡礼がヴァティカンを訪れ、そのためにサンタンジェロ橋の上で大混乱が生じ、200人もの死者が出たことがあるんだそうな。
サンタンジェロ橋とベルニーニの天使像
西暦1667年、トスカナ出身のジュリオ・ロスピリオネージがローマ教皇クレメンス9世として即位した。彼はかつて教皇ウルバヌス8世の周囲に集まっていた文人たちの一人であり、ベルニーニとは数十年来の友人だった。
新ローマ教皇クレメンス9世は、既に70歳になろうとしていたイタリア・バロックの代表的芸術家にして旧友のベルニーニを呼び、サンタンジェロ橋の装飾を依頼した。
計画によれば、サンタンジェロ橋の装飾の為に10体の天使像が制作されることになった。そのうちの8体はベルニーニの指揮のもとに当時のローマで活躍していた彫刻家たちに制作させ、残りの2体をベルニーニ自身が手がけることになった。
やがてベルニーニによって制作された天使像2体が完成した。ところが、その2体の天使像を見た教皇クレメンス9世は、ベルニーニの天使像が風雨にさらされるのが忍びないと考えた。
その結果、実際にサンタンジェロ橋の上におかれたのは、ベルニーニの天使像のコピーになっちゃった。
右の画像は、ベルニーニによって制作された天使像のコピー2体のうちの一つ。教皇が余計なことを言わなければ、ここにベルニーニの天使像があったはずなんだけどね。
ベルニーニの天使像オリジナルの行方
サンタンジェロ橋の上に置かれそこなったベルニーニの天使像のオリジナルは、しばらくの間は彼の子孫によって保存されていた。
そして西暦1729年、ベルニーニの子孫はオリジナルの天使像をサン・タンドレア・デッレ・フラッテ教会に寄贈した。その教会へ行けば今でもベルニーニの天使像のオリジナルを見ることが出来るらしいよ。
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