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東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅
カンパーニャ と ローマ・ヴァティカン イタリア
第四部 ローマ・ヴァティカン編
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D49. 双子神の神殿
(フォロ・ロマーノを歩く -6.)
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双子神の神殿 (あるいはカストルとポルックスの神殿)
フォロ・ロマーノの中央部に、美しい白い三本の円柱がたっている。それが双子神の神殿(あるいはカストルとポルックスの神殿)なんだ。
この双子の神を祀った神殿が古代ローマに建てられたのには理由がある。古代ローマは紀元前616年からエトルリア人の王によって支配されていたんだけど、エトルリア系の最後の王を追放する戦いでこの双子神がローマ人に味方したんだって。だから、ここに神殿があるんだね。
この双子神の神殿は、紀元前6年に古代ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスによって修復されている。上の画像に見える三本の美しい柱は、その修復の際に立てられたもの。パロス島から運ばれてきた大理石で作られているんだ。
余談ながら、ゼウス神を父に持つこの双子神は後に天に昇って「双子座」になったんだそうな。
アントニヌスとファウスティーナの神殿
トラヤヌスのフォロのページで古代ローマ帝国の五賢帝のことを書いたけれども、その一人であるアントニヌス・ピウスという皇帝がいた。西暦141年、彼の后ファウスティーナが亡くなった。皇帝は后の為に神殿を建てたんだ。
それから20年が経った西暦161年、古代ローマ皇帝アントニヌス・ピウスが亡くなった。彼の遺骸は皇后ファウスティーナの為に建てた神殿に葬られた。その神殿はアントニヌスとファウスティーナの神殿(下の画像)と呼ばれるようになったわけだ。
しかし、それから数百年が経った11世紀のこと。アントニヌスとファウスティーナの神殿は、キリスト教の教会に転用されてしまった。その結果、上の画像に見えるように古代の円柱と教会とが融合したユニークな建築物が出来上がったというわけだ。
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