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カラヴァッジョサンタ・マリア・デル・ポポロ教会の正面祭壇を真ん中に、ベルニーニの天使の反対側にチェラージ礼拝堂がある。そこでカラヴァッジョの2枚の絵を見ることが出来るんだ。このサンタ・マリア・デル・ポポロ教会でカラヴァッジョが2枚の絵を制作したのは、西暦1601年のことだった。その後、西暦1606年にカラヴァッジョは殺人事件を起こした。(かなりハチャメチャな人物だったみたい。) 逃亡者カラヴァッジョは聖ヨハネ騎士団の島マルタなどを逃げ回っていた。しかし、殺人犯カラヴァッジョは西暦1610年にローマ近くで亡くなっている。 そんなカラヴァッジョなんだけど、ベルニーニと並んでイタリア・バロックの旗手でもあったんだ。カラヴァッジョは、強烈な陰影の中に人間味溢れる人物像(たとえ聖人であっても)をリアルに描き、強烈な存在感を浮き出させたんだそうな。 カラヴァッジョ 「聖ペテロの逆さ磔」そんなカラヴァッジョが逆さ磔にされる聖ペテロを描いたのが、下の画像にある作品。聖ペテロ(サン・ピエトロ)は古代ローマ帝国皇帝ネロのキリスト教徒迫害によって処刑された。その聖ペテロ(サン・ピエトロ)の墓の上に建てられたのが、サン・ピエトロ大聖堂なんだね。
カラヴァッジョ 「聖パウロの改宗」聖ペテロと同じく、古代ローマ帝国皇帝ネロの迫害によって処刑されたのが聖パウロ(あるいは聖パオロ)。カラヴァッジョは、その聖パウロの改宗の様子を描いた作品「聖パウロの改宗」(下の画像)もサンタ・マリア・デル・ポポロ教会に残しているんだ。
聖パウロの物語聖パウロが生まれたのは、西暦10年頃のこと。現在はトルコ領となっている小アジアで、厳格なパリサイ派ユダヤ人の家に生まれた。やがて彼は、キリスト教徒に対して敵対していったんだ。当時はサウロと呼ばれていた後の聖パウロは、キリスト教徒を迫害するために兵士たちを率いてダマスカスへと向かっていた。突然、天の光に打たれたパウロは落馬し、そこで奇跡の声を聞いた。そして、パウロはキリスト教に改宗したというわけだ。 上の画像にあるカラヴァッジョの「聖パウロの改宗」には、落馬して地面に横たわり、目を閉じて奇跡の声に耳を傾けている聖パウロの様子が描かれている。
その後の聖パウロは、聖ペテロを筆頭とするイエス・キリストの使徒たちと同じく、多くの人々にキリスト教を広げていったんだ。そして、皇帝ネロの迫害によって処刑された。
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