東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

カンパーニャ と ローマ・ヴァティカン イタリア

第四部 ローマ・ヴァティカン編


D32. ポポロ広場、ポポロ門、双子教会


ポポロ広場のオベリスク

ポポロ広場のオベリスク(ローマ、イタリア) スペイン広場・スペイン階段から北西に15分ほど歩けば、見えてくるのがポポロ広場に立つ古代エジプトのオベリスク

巡礼のための目印として、ローマ教皇シクストゥス5世によって西暦1589年にここに立てられたんだそうな。

目印といってもバカにはできない。紀元前1200年頃に古代エジプトで作られた、高さ36メートルもある立派なオベリスクだよ。

ポポロ広場の噴水

ポポロ広場の中央にあるのが、下の画像にある噴水。19世紀に整備されたポポロ広場には、あちこちに噴水や彫像が置かれている。かつての広場はアスファルトで舗装されていたらしいけど、今は石畳が敷かれているんだ。

ポポロ広場のオベリスク下の噴水(ローマ、イタリア) ポポロ広場のオベリスク下の噴水(ローマ、イタリア)

ポポロ広場から見る双子教会

上の画像の左端に教会が写っているよね。その教会と更に左側にある教会に焦点を当てて撮影したのが下の画像。この二つの教会は通称「双子教会」と呼ばれているんだけど、正式名称は左側がサンタ・マリア・イン・モンサント教会、右側がサンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会。

ポポロ広場から見る双子教会 サンタ・マリア・イン・モンサント教会(ローマ、イタリア) ポポロ広場から見る双子教会 サンタ・マリア・ディ・ミラーコリ教会(ローマ、イタリア)

見事に左右対称に見える双子教会なんだけど、実は微妙に形や大きさが違う。右側の教会の方が敷地が大きいんだけど、それを感じさせないような設計になっているんだそうな。

この双子教会にもバロックの旗手ベルニーニが絡んでいるんだ。西暦1674年から翌年にかけて、ベルニーニは左側のサンタ・マリア・イン・モンサント教会の建設工事の監督官に任命されているんだ。

但し、ベルニーニが何処までこの教会の建設に関与したかは明らかではない。基本的には双子教会を設計したのはカルロ・ライナルディだったと考えられている。

ポポロ広場の東に広がるピンチョの丘

ポポロ広場から見るピンチョの丘(ローマ、イタリア) 双子教会から視線を左に移せば、ポポロ広場の東に広がるピンチョの丘(右の画像)を見ることが出来る。

この丘に登れば、ヴァティカンにあるサン・ピエトロ大聖堂ミケランジェロのクーポラまで見ることが出来る...らしいけど、私は登ったことが無い。今回のローマでも前回のローマでも、時間が足りなくて。しかも、今日は暑すぎるから...。

ポポロ門(かつてのフラミニオ門)と
サンタ・マリア・デル・ポポロ教会

ポポロ広場の北側には、かつてフラミニオ門と呼ばれていたポポロ門(下の画像の左端)がある。北からやって来た旅人は、この門を通ってローマに足を踏み入れ、ポポロ門で身分証明書などを提示していたらしい。つまり、この門は中世ローマの北の玄関口だったわけだ。

ポポロ広場から見るポポロ門とサンタ・マリア・デル・ポポロ教会

そして、ポポロ門(フラミニオ門)の右手に見えるのが、サンタ・マリア・デル・ポポロ教会。このポポロ広場にやってきた目的は、サンタ・マリア・デル・ポポロ教会を見るためだったんだ。

外観は地味なサンタ・マリア・デル・ポポロ教会なんだけど、ピントリッキオ、ラファエロ、カラヴァッジョ、ベルニーニなど、ルネッサンスから近世にかけてのイタリアを代表する芸術家が関係している。そんな豪華な美術館のような教会を見逃すわけにはいかないよね。(詳しくは次のページ。)

(前回のローマの旅では見逃しとるけどな !! )




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