東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

カンパーニャ と ローマ・ヴァティカン イタリア

第四部 ローマ・ヴァティカン編


D30. コンドッティ通りと聖ヨハネ騎士団本部


コンドッティ通り

朝からヴァティカン博物館サン・ピエトロ大聖堂(大寺院)をたっぷりと見て回り、すっかり疲れ果ててしまった。が、今回の旅での私たちは根性が入っている。直ちにタクシーに乗って、次の目的地へとやってきたんだ。

タクシーを降りたのは、スペイン階段近くのコンドッティ通り。下の画像の左部分に写っている建物にはエルメスの店があるんだけど、たくさんの高級ブティックが立ち並ぶのが、このコンドッティ通りだね。

コンドッティ通りとエルメス(ローマ、イタリア) コンドッティ通りとエルメス(ローマ、イタリア)

聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団)本部

といっても、私たちのお目当ては高級ブティックでのショッピングじゃないんだ。

コンドッティ通りにある聖ヨハネ騎士団本部の表札(ローマ、イタリア) 私たちのお目当ては、聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団)の本部。右の画像に写っているのは、その聖ヨハネ騎士団本部の表札なんだ。

聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団)といえば、エーゲ海のロードス島にあった拠点をオスマン・トルコのスレイマン大帝に奪われて後、マルタ島に本拠を置いたよね。(西暦1522年、オスマン・トルコがロードスに侵攻。)

その後、西暦1565年のオスマン・トルコによるマルタ島侵攻を耐え忍び、要塞都市ヴァレッタを建設したわけだ。ところが西暦1798年にはエジプト遠征途上のナポレオンにマルタ島を奪われ、聖ヨハネ騎士団は流浪を始めることとなった。

コンドッティ通りにある聖ヨハネ騎士団本部の様子(ローマ、イタリア) そして西暦1834年、ローマ法王の命により聖ヨハネ騎士団は本部をローマに移した。その本部が右の画像なんだ。

ところが残念ながら、聖ヨハネ騎士団本部の入口は、鉄格子が閉ざされていた。中に入ることも出来ず、鉄格子の間からデジカメを構えて撮ったのが右の画像。

聖ヨハネ騎士団の資料とか切手などを買いたかったんだけど、仕方が無いね。

西暦1760年オープンという老舗のカフェ・グレコ

コンドッティ通りにある老舗カフェ・グレコの店内(ローマ、イタリア) 聖ヨハネ騎士団の本部に入ることが出来ずガッカリではあったけど、その代わりに西暦1760年にオープンした老舗のカフェ・グレコに入る。

西暦1760年といえば、ベルニーニも現役で頑張っていた頃だよね。

このカフェ・グレコには、メンデルスゾーン、ベルリオーズ、リスト、ワーグナー、ニーチェ、スタンダール、ボードレール、横山大観などの著名な芸術家が通っていたらしいよ。

さてと、続いてはコンドッティ通りの端にあるスペイン広場・スペイン階段へ行こう。




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