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イタリアの名門 ファルネーゼ家中世から続くイタリアの名門の一つにファルネーゼ家がある。歴代のパルマ公爵家の家系であり、その一族からはローマ教皇も出ているんだ。そのファルネーゼ家出身の女性が、18世紀のナポリを支配していたスペイン系ブルボン王家に嫁いだ。やがて彼女が産んだシャルル3世がナポリ王となったのが西暦1734年。 やがて、ナポリ王シャルル3世は、母親の関係からファルネーゼ家が収集していた数々の美術品などのコレクションを相続した。 そしてシャルル3世の子孫がナポリ国立考古学博物館の前身を建てた時から、博物館にはファルネーゼ家のコレクションを展示するコーナーが設けられているんだ。(詳しくは、「ヨーロッパの歴史風景」の中にある「ナポリ国立考古学博物館」のページを読んでね。) ファルネーゼのヘラクレス
ファルネーゼ家のコレクションのコーナーで目を引くのが、右の画像にあるヘラクレス像。16世紀にローマのカラカラ浴場近くで発掘されたものなんだって。発掘後しばらくはローマにあったファルネーゼ家の宮殿を飾っていたんだそうな。でも、やがてナポリのブルボン王家の手に渡ったんだ。 発掘当初、このヘラクレス像からは足が失われていた。その後、この像の足が発掘され、現在のナポリ国立考古学博物館で見ることの出来るヘラクレス像は足を取り戻しているというわけだ。 余談ながら、発掘されたヘラクレスの足をナポリ王家に贈ったのは、同じくイタリアの名家ボルゲーゼ家だった。「第四部 ローマ・ヴァティカン編」に詳しく書くけど、ボルゲーゼ家の収集した美術品を見ることの出来るのが、ローマにあるボルゲーゼ美術館だね。 ファルネーゼのアルテミス女神像
ファルネーゼ・コレクションの中には、右の画像にあるアルテミス女神の像もある。アルテミス女神は、古代ギリシャ世界の東部(現在はトルコ領となっている小アジア付近)で信仰を集めていた女神なんだ。現在の小アジアのエフェソスの近くには、古代の世界七不思議の一つとされていたアルテミス女神の神殿跡も残されているんだよ。 ところで、右の画像にあるアルテミス女神像を良く見てほしいんだけど、アルテミス女神の胸から腹部にかけては、たくさんの乳房が並んでいる。 古代の小アジアにおけるアルテミス女神は、豊穣の神であると同時に多産の神でもあったから、たくさんの乳房が必要だったんだろうね。 ちなみに、このアルテミス女神は本来はアジア系の神だったんだそうな。それが古代ギリシャ時代の小アジアでは豊穣と多産の女神となり、更にギリシャ本土では美しい月の女神となったらしいよ。 ファルネーゼの雄牛ナポリ国立考古学博物館にあるファルネーゼ・コレクションの中でも最大のお宝は、下の画像にある「ファルネーゼの雄牛」と呼ばれる彫像かな。
このファルネーゼの雄牛は、16世紀半ばに教皇パウロ3世の命によって行われた発掘作業により、ローマのカラカラ浴場の近くで発見されたものなんだ。 その教皇パウロ3世はファルネーゼ家の出身だった。というわけで、発掘された雄牛の彫像はファルネーゼ家のものとなり、ナポリのブルボン王家の手を経て、現在はナポリ国立考古学博物館に展示されているんだ。
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