26. サンタ・クローチェ教会 - 2 (フィレンツェ)ドナテッロの「十字架のキリスト」像
ミケランジェロの墓のあるサンタ・クローチェ教会の中で見ることのできる芸術作品の目玉の一つが、ドナテッロの「十字架のキリスト像」(右の画像)なんだ。でも、ドナテッロ自身は、この作品に満足していなかったらしい。自分の作品について、「これはキリストではない。ただの人だ。」と言ったとんだそうな。 そんなフィレンツェのルネサンスを代表する彫刻家ドナテッロが絶賛したのが、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会にあるブルネレスキの「キリストの十字架像」だったと伝えられている。そのブルネレスキは彫刻家の道を諦め、建築家に転向して、フィレンツェのドゥオモのクーポラを完成させたんだから皮肉なんだけどね。 ドナテッロの「受胎告知」
サンタ・クローチェ教会の中で見ることの出来るドナテッロの作品の中からもう一つ御紹介するならば、右の画像にある「受胎告知」かな。説明の必要もないだろうけど、神の使いである天使が聖母マリアにイエス・キリストを身ごもったことを伝えるシーンだよね。昔から多くの芸術家が取り上げてきたテーマだけど、このサイトの中で御紹介したもので言えば、サン・マルコ美術館(修道院)にあるフラ・アンジェリコの「受胎告知」が代表的な作品かな。 チマブエの「十字架上のキリスト」
もう一つご紹介するのが、チマブエによる「十字架のキリスト像」(右の画像)。西暦1280年頃の作品なんだそうな。ところが、この歴史ある作品は、西暦1966年に起こったアルノ川の氾濫でひどく損傷を受けちゃったんだそうな。 おだやかに流れ、古代エトルリア人の時代からトスカナ地方の動脈ともなっていたアルノ川なんだけど、メディチ家の大公たちもアルノ川の治水には苦労したらしいよ。 ブルネレスキによるパッツィ家の礼拝堂
サンタ・クローチェ教会の中庭には、「パッツィ家の礼拝堂」(右の画像)もある。上に書いたようにフィレンツェのドゥオモを完成させたブルネレスキの手によるものなんだそうな。ちなみに、この礼拝堂の主であるパッツィ家は、西暦1478年に起きたロレンツォ・デ・メディチ暗殺未遂事件(「パッツィ家の陰謀」)の主役たちでもある。事件に怒ったフィレンツェの人々は、礼拝堂の中にあった陰謀加担者たちの墓まで暴いちゃったらしい。
ガリレオ・ガリレイの墓
サンタ・クローチェ教会の中には、地動説を主張したガリレオ・ガリレイの墓(左下の画像)もあるんだ。ローマ・カトリックによって有罪判決を受けた彼は、フィレンツェを支配するトスカナ大公の保護を受けていたんだそうな。 |
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