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東西南北 春夏秋冬
ヨーロッパの旅
エーゲ海の旅
サントリーニ島・ロードス島・クレタ島
(ギリシア)
1998年9月
1998年10月01日
25. クレタ島へ
7 時起床。今日はクレタ島へ移動する予定になっている。
私たちの手配が遅かったためにロードス島からクレタ島への直行便の席が確保できず、アテネ経由で飛ぶことになっている。
9 時過ぎにタクシーに乗り、空港へ向かう。
空港ビルの中では、あちこちで長蛇の列が出来ている。ヨーロッパの各地へ飛ぶフライトのラッシュ・アワーにぶつかってしまったのだ。
ロードスからアテネへ
ロードス空港を離陸したのが 12 時。
飛行機はトルコ領小アジアの南側を西に向かって飛ぶ。窓からはトルコの村や港が見えている。
12時15分には、コス島の南を通過。この島と小アジアとの間の距離は5 km しかない。余談ながら、医学の父と呼ばれるヒポクラテスは、この島の出身だ。
遠く北東にサモス島が見える。高い山の頂には雲がかかっている。この島の出身者の代表は数学者ピタゴラス。
やがて、ミコノス島の上空を通過。日本人の大好きな島だ。
そして、ギリシア本土に接近し、スニオン岬の南を飛行する。岬の先端に立つポセイドンの神殿もくっきりと見えている。
1 時にアテネの空港に到着。ちょうど 1 時間のエーゲ海遊覧飛行だった。
アテネからクレタへ
2 時過ぎにアテネ空港を離陸。南東に向かって飛行する。
2 時半にはサントリーニ島の上空を通過。ほんの数日前には、あの島にいたことが懐かしい。
3 時ちょうどにクレタ島に着陸。アテネからは 50 分のフライトだった。
空港からホテルへ
空港のタクシー乗り場で運転手氏と料金の交渉だ。初老の運転手氏の言い値は 14,000 ドラクマ ( 6,000 円)。
とりあえず値切ってみる。しかし、運転手氏は断固として負けない。逆にいかに自分の言い値が正当なものかを説明し始める。しかも、その英語がムチャクチャなのだ。面倒くさくなって、彼の言い値で乗ることにしてしまった。
その運転手氏、変わった男だった。ときおり私に自分の煙草を差し出す。吸えと言うのだ。
やがて、道ばたの小さな店の前で停車。私に向かって一緒に来いと言う。わけがわからないが、ともかく一緒に店に入った。何でも良いから飲み物を取れという。喉は渇いていないと言うのに、許してくれない。仕方なく、冷蔵庫の中からミネラル・ウオーターを 1 本取り出す。それでも、彼は許してくれない。家内の分も取れと言うのだ。諦めた私は、ミネラル・ウオーターをもう 1 本。
わけのわからん爺さんだ。自分だけ何かを飲むのは私たちに悪いと思ったのか。それとも純粋に親切なのか。あるいは、私たちが約束した料金がとてつもない良い金額だったのか。
ともかく、空港から東に向かって走り続けること 1 時間。クレタ島東部にあるホテルに到着。荷物の整理を終えて、すぐに水着に着替える。目の前は海。日もまだ高い。泳がないわけにはいかない。
クレタ島の観光は、明日からのことだ。(クレタ島に関しては、右のボタンをクリック。)
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