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東西南北 春夏秋冬
ヨーロッパの旅
イングランド南部の旅(イギリス)
1994年4月
10. ドーバー城
ディール城から西に向かえば、すぐにドーバー城に到着 ... するはずだった。しかし、道を間違えて、少し遠回り。
ようやくドーバー城にたどり着いたが、連休だからか駐車場も満杯だ。近くの山道に停車する場所を捜したが、どちら様も考えることは同じだった。
仕方がない。山のふもとのドーバーの街中の駐車場に車を停める。しかし、街から城のある山を登るのに、汗だくになってしまった。
ようやくたどり着いたドーバー城の門の近くに入場券の売り場がある。窓口でチケットを買おうとしたら、今日は無料だって。
城を管理しているイングリッシュ・ヘリテージの創立記念日なんだそうな。
ドーバー城
- BC43年、イタリアのローマからやって来た古代ローマ帝国の兵士たちの手によって、ドーバーの街を見下ろす山の上に灯台が建てられた。
- AD2世紀、ドーバーには古代ローマの英国艦隊の司令部が置かれていた。
- 12世紀後半、ヘンリー2世の手により、ドーバーに城が築かれた。それが現在のドーバー城の直接の起源となる。
- 1216年、上陸したフランス軍がドーバー城を包囲した。
- 19世紀初頭、ナポレオンによる英国侵攻に備えて、城の守りが整備された。
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城の中を歩き、古代ローマ時代の灯台や12世紀のノルマンのキープ(天守)を見る。そして、城壁の上からは英仏海峡。
フランスに対するイギリスの最前線
今ではイギリス南部の代表的な観光地となっているドーバー城なんだけど、かつてはフランスに対するイングランドの最前線だった。
と書けば、少し大げさに思えるかな。ところが、例えば西暦1216年にはフランス軍がイングランド南部に上陸してドーバー城を攻囲しているんだ。当時のドーバーの人々にとって、フランスの脅威は現実のものと感じられていただろうね。
ちなみに、このドーバー城を築いたのはプランタジネット家のイングランド王ヘンリー2世。彼自身、フランスから攻め込んで来てイングランド王となっているだけに、フランスに対するイングランド防衛の必要性を痛感していたんだろうね。
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