フランス各地にマトロート
フランスには各地に独特のマトロートが発達している。このアルザスでは、川魚をアルザスの白ワインで調理したマトロート。ブルゴーニュでは川魚を赤ワインで調理したマトロート。ノルマンディでは海産物をリンゴのお酒サイダー(あるいはシードル)で調理したマトロート。
それぞれの土地の産物を使った土地に根ざした料理だよね。当たり前の話なんだけど。しかし、フランスを食べつくすことは不可能に近いね。
今日のランチの舞台となったレストラン 「アンシアンヌ・ドゥーアン」
ところで今日のランチを食べたレストランは、ストラスブール市内のイル川のほとりにある「アンシアンヌ・ドゥーアン」という店。下の画像がレストランの建物なんだけど、かつては税関として使われた建物なんだそうな。
このレストランについてもっと詳しく知りたい方は、このサイトの中のヨーロッパ・レストラン・ガイドの中にあるレストラン「アンシアンヌ・ドゥーアン」のページを読んでね。
平和の背後にあるもの
波乱に満ちたアルザスとストラスブールの歴史を垣間見つつ、美味しいワインと料理を楽しんだ旅。目の前のアルザスでは人々が平和を謳歌している。だけど、このアルザスに平和が甦ったのは、つい最近のことなのかもしれない。
西暦1940年6月19日、ナチス・ドイツ軍がストラスブールを占領。ドイツは実質的にストラスブールを併合した。やがて、アルザスの人々はドイツ軍の兵士とされ、前線に送り込まれていく。
西暦1944年6月10日、ドイツの武装親衛隊が占領下にあったフランス中西部の村オラドゥール・シュル・グラーヌで642人を虐殺した。そのドイツの武装親衛隊の中には、無理やりに兵士とされたアルザスの若者達がいた。
第二次世界大戦が終わって7年が経った西暦1952年、アルザスで12人の青年が逮捕された。ドイツ軍によって徴兵され武装親衛隊の兵士となっていた彼らは、西暦1944年に起こったオラドゥール村の虐殺事件に関与したとされたんだ。
翌年の西暦1953年、オラドゥール村虐殺事件に関する判決が下された。アルザスで逮捕された12人の若者全員に5年から12年の禁固・懲役刑が下された。しかし、アルザスはこの判決に反発した。
アルザスを占領していたドイツ軍によって無理やりに兵士とされた若者達に何ができたというのか。命令に抵抗すれば銃殺か収容所送りにされたに違いないんだ。しかも、12人の若者のうち5人は当時は未成年だった。
オラドゥール村虐殺事件の判決が下された後、フランスの国民議会は特赦法を可決し、有罪とされたアルザスの若者12人はボルドーの監獄から釈放された。ところが、その特赦法にはオラドーゥル村の人々が反発した。
それから50年以上が経った西暦1998年、憎しみを持ち続けていたオラドゥール村とアルザス地方との間に和解が成立した。その年のオラドゥール村虐殺記念日にはストラスブール市長が列席を許された。フランス政府とオラドゥール村との和解が成立したのは、その翌年のことだった。
第二次世界大戦の戦火が治まって半世紀の後、ようやく成立した和解。多くの観光客が集まり、美味しいワインや料理を楽しむアルザス。平和の背後にあるのは、そんな歴史なんだね。
私自身の旅行記はここまでなんですけど、読者の Kaoringo さんから戴いた画像で、特別企画ページを作ってみました。コルマールの雪景色と同じく、のぞいてみてくださいね。
旅行記「アルザスとストラスブール(フランス)」
1999年5月
完
関連書籍
参考になる・・・かもしれない本を探してみました。(本の題名をクリックすれば詳細が表示されます。)
|
Copyright (c) 2003 Tadaaki Kikuyama
All rights reserved
このサイトの画像 及び 文章などの複写・転用はご遠慮ください。
|