静かさを取り戻したストラスブール大聖堂の内部
宗教改革からフランス革命までの間、歴史の荒波に翻弄され続けたストラスブール大聖堂。今でも大聖堂前の広場には多くの観光客が集まってにぎやかだよね。でも、大聖堂の中に足を踏み入れれば、そんな歴史はまるで無かったかのような静かさに満ちているんだ。 西正面のバラ窓のステンド・グラスや、15世紀のパイプ・オルガンが静かに人々を見下ろしている。
ところが、宗教改革が始まる前の中世の大聖堂は神の声の聞こえる厳粛な場所だった・・・なんていうのは、現代人のロマンチックな幻想なんだ。街の中心だった大聖堂は、祈りの場所であると同時に人々の暮らしの場所だった。その大聖堂の前にある広場では、ときおり市が開かれていたんだけど、そんな時には大聖堂の中にまで肉屋やパン屋が店を開いていたんだって。豚の鳴き声がうるさくて、神さまの声も聞こえなかったかもしれないね。 |
ロマネスク様式の後陣ストラスブール大聖堂といえば、ゴシック様式の代表的な建物。垂直性を強調し、ブラインド・アーケードで装飾された西正面は、「石の刺繍」とも言われる。ところが、大聖堂の奥にある後陣(下の画像)の部分は、現在の大聖堂の建設工事が始められた頃の様式、つまりロマネスク様式を色濃く残しているんだそうな。
ブルゴーニュ公シャルル突進公の上着ところで、このストラスブール大聖堂の内部に、かつてある上着が飾られていたことがあるんだそうな。その上着の持ち主は、中世ヨーロッパで勢力を誇ったブルゴーニュ公家の最後の当主シャルル突進公だった。最後のブルゴーニュ公シャルル突進公は、ロレーヌでの戦いにおいて戦死し、ヴァロワ家系ブルゴーニュ公家は断絶したんだ(正確には、シャルル突進公の一人娘マリーを通じて、ハプスブルク家に継承されたと言うべきか)。 その戦いにおいてスイス傭兵たちとともにブルゴーニュ公と戦ったのがアルザスの兵たちだった。そんなわけで戦利品として戦死したブルゴーニュ公の上着がストラスブール大聖堂に飾られていたんだそうな。
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