ヴォーバン堰の屋上
イル川や運河のほとりを歩いてやってきたプチ・フランスのはずれには、ヴォーバン堰(右の画像)がある。屋根付きの橋でもあるヴォーバン堰の屋上には是非とも上って欲しいんだ。そして、屋上に並ぶベンチに腰を下ろして欲しい。 |
ヴォーバン堰の屋上から眺めるプチ・フランスヴォーバン堰の屋上から眺めたプチ・フランスの景色が下の画像。クヴェール橋や塔を中心とするプチ・フランスを見渡すことが出来るんだ。
どうして、プチ・フランス ??しかし、フランスの一部であるアルザスの中心都市ストラスブールに、どうしてプチ・フランスなんて地区があるのかな ??その答は簡単。17世紀まで、ストラスブールはフランスの都市ではなく、神聖ローマ帝国に帰属していたんだ。そのストラスブールをフランスに併合したのはフランス王ルイ14世の時代。アルザス地方を手に入れたルイ14世は、フランス軍をコルマールやストラスブールに駐屯させた。そして、このプチ・フランス地区にフランス軍の病院などを設けたんだ。 つまり、プチ・フランス地区はアルザスを占領したフランス軍の中枢が置かれていた場所と言ってよいのかもしれない。当時のプチ・フランスでは、アヴァンチュールを求めるフランス軍将兵が歩き回っていたらしい。 アルザスの風土病 マラリアコルマールのリトル・ヴェニスのページで書いたけれども、アルザス一帯にはライン川やその支流が中州や沼沢地を作っている。つまりは、蚊の生息に適した水の多い場所だった。その結果、つい最近までマラリアがアルザスの風土病だったらしい。このプチ・フランス地区に設けられたフランス軍の病院にも、マラリアに苦しむフランス軍将兵多数が収容されていたんだそうな。 その後、河川の整備が進み、沼沢地の排水・灌漑が行われて、今ではアルザス地方のマラリアは消滅している。安心して旅をすることができるよ。 余談だけど、マラリアといえばアフリカなどの熱帯の土地が頭に浮かぶよね。でも、昔はフランスやイタリアなどでもマラリアは人々を苦しめていたんだ。例えば、イタリア南部にあるカンパーニャ地方にある古代ギリシャ時代からの歴史を誇るパレストリーナの街は、かつてマラリアの為に廃墟になったこともあるんだそうな。
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