東西南北 春夏秋冬
ヨーロッパの旅
旧東ドイツの旅
1997 年 5 月
ベルリン、ポツダム、ライプツィヒ、マイセン、ドレスデン
ドイツの成立 ( - 9世紀)
- 紀元前5世紀頃、ゲルマン民族の祖先はスウェーデン南部・ユトランド半島・ドイツ北部に定住していた。
- 紀元前2世紀、ゲルマン民族の一部が移動を開始した。
- 紀元前80年、キンブリ族とテウトニ族がガリアに侵入した。その頃、イタリアのローマから発して勢力を拡大しつつあった古代ローマ帝国が、ガリア(今のフランス)にも進出しようとしている時だった。
- 紀元前71年、スエビ族がライン川の上流からガリアに侵入したが、カエサルによって撃退された。
- 西暦9年、古代ローマの総督クインテリウス・ヴァルスが、トイトブルクの森でアルミニウスの率いるケルスキ族と戦い、大敗を喫した。
- 西暦90年、全長548kmにおよぶリーメスの防衛線が、ライン川とドナウ川との間で建設され始めた。
- 西暦120年頃、ブリテン島にハドリアヌスの城壁を築いた古代ローマ皇帝ハドリアヌスの時代に、リーメスの防衛線がほぼ完成した。
下の画像は、イギリスに残るハドリアヌスの城壁。(詳しくはココをクリック。)
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- 西暦375年、フン族に圧迫されたゴート族が移動を始め、ゲルマン民族大移動の引き金がひかれた。
- 西暦539年、バイエルンがフランク王国に服属した。
- 西暦719年、ボニファティウスがドイツに伝道を始めた。
- 8世紀末から9世紀初、ヴィドゥキントの率いるザクセン族が、カール大帝のフランク王国に激しく抵抗した。
- 9世紀初、カール大帝のフランク王国が、ザクセン族、アレマンネン族・バイエルン族・ランゴバルド族などのゲルマン諸族を支配下に入れていた。
- 843年のヴェルダン条約と870年のメルセン条約によりカール大帝の帝国が三分割され、後にドイツの母体となる東フランク王国が成立した。
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