東西南北 春夏秋冬
ヨーロッパの旅
旧東ドイツの旅
1997 年 5 月
ベルリン、ポツダム、ライプツィヒ、マイセン、ドレスデン
ドレスデン略年表
- 1206年、ヴェッティン家のマイセン辺境伯領の一角にあるエルベの川岸にドイツ人が集落を作り始めた。それが後にドレスデンとなった。
- 1423年、ヴェッティン家のマイセン辺境伯フリードリヒがザクセン選帝侯となった。
- 1485年、ヴェッティン家がエルンスト系とアルプレヒト系とに分裂。アルプレヒト系のヴェッティン家は、ドレスデンに宮廷を置いた。
- 1547年、シュマルカルデン戦争において皇帝側に立ったアルプレヒト候モーリッツは、皇帝側の勝利の後にザクセン選帝侯となり、彼の宮廷が置かれていたドレスデンがザクセン選帝侯領の中心地となった。
- 1694年、後にマイセンの磁器生産を始めることになるフリードリヒ・アウグスト1世がザクセン選帝侯となり、ドレスデンは全盛期を迎えた。
- 1745年、ドレスデンの和約が成立。ハプスブルク家のマリア・テレジアの夫フランツの皇帝即位を認めることを条件に、プロイセンによるシュレジェン領有が認められた。しかし、プロイセンのフリードリヒ2世は再び戦いを再開し、オーストリア継承戦争は更に続いた。
- 1945年、ドレスデン大空襲。重工業の発達していたドレスデンは、大空襲により壊滅した。この空襲により、数万人が命を失った。また、多くの歴史的建造物が破壊されたが、戦後になって復元された。
右の画像は、ドレスデン市内のツヴィンガー宮殿。かつてはザクセン選帝公家の宮殿だった。(詳しくはココをクリック。)
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