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東西南北 春夏秋冬
ヨーロッパの旅
旧東ドイツの旅
1997 年 5 月
ベルリン、ポツダム、ライプツィヒ、マイセン、ドレスデン
10. サン・スーシ宮殿(ポツダム)
ツェツィリンホフ宮殿以上にポツダム観光の目玉となっているのは、プロイセン王国の飛躍の原動力となったフリードリヒ2世(大王)が建てたサン・スーシ宮殿。
ところが、この宮殿が観光客泣かせなんだそうな。建物の保存の為に、一回に入場する観光客の人数を30名に制限している。その結果、一日に入場できる人数は多くはない。昼頃にはその日のチケットが売り切れることもあるらしい。
朝早く来た甲斐があり、私たちは40分後に入場できるチケットを買うことが出来る。ちょうど良い休憩時間だ。宮殿の入口付近を散歩しながら、タバコをふかす。
イタリア大好き
宮殿の前にある回廊は、どこかで見たような ... 。イタリアの首都ローマのヴァティカンにある聖ペテロ寺院(サン・ピエトロ大聖堂)の回廊を模したものなんだって。フリードリヒ2世は、イタリアが大好きだった。彼はイタリアに行くことが出来なかったらしいけどね。
その回廊から見る向こう側の丘の上には、なにやら古代の建物の遺跡のような ... 。あれは「古代ローマ遺跡」もどきなんだそうな。フリードリヒ2世が好きだったロココ様式の絵画の中には、遠くに古代ローマ遺跡を描いたものが多かったらしい。大王はそれを真似て、古代ローマ遺跡を作らせた。(つまりは、ローマにあるフォロ・ロマーノを作らせたようなものかな。)
プロイセンのヴェルサイユ
ようやく私たちの入場時間。入口で靴の上から大きなスリッパを履く。建物の保護の為なんだそうな。
プロイセンのヴェルサイユと称されるだけに、外観だけではなく、内部も美しい。
が、残念ながら宮殿内でのカメラの使用は禁止。建物の保護のためだか、絵葉書を売るためだか ... 。
余談ながら、宮殿の内部に飾られている絵画には、ヴェネツィアやローマを描いたものが多い。フリードリヒ2世は、よっぽどイタリアに憧れていたようだ。
サン・スーシ宮殿 「憂い無き宮殿」
宮殿の壁には、「サン・スーシ」と建物の名前が書かれている。(右の画像)
その言葉を和訳すると、「憂い無き宮殿」となるらしい。
でも、素直にフリードリヒ2世には憂いが無かった ... とは解釈できないよねえ。なんせ、彼は人類を呪われた存在だと考えていたらしいから。
そんな憂い多きフリードリヒ2世は、ロシアのエカテリーナ2世(大帝)などと並んで、啓蒙専制君主と称され、哲学者たちとも交流していた。
宮殿の中には、大王がフランスの哲学者ヴォルテールの為に用意していた部屋も残されている。彼はヴォルテールにサン・スーシに住むように誘ったのだそうな。しかし、ヴォルテールは、その誘いを断っている。
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(ヴォルテールの気持ちもわかるで。哲学者気取りの王様の居候になったら、胃潰瘍になりそうや。)
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噴水のある庭
サン・スーシ宮殿の奥には、テラス式の庭園が広がっている。「フリッツ」(大王は国民からそう呼ばれていた)の憂いはよくわからんが、晴れ上がった青空の下で広々とした庭を歩くのは、私にとっては憂い無き時間。
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旅の日程表
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