東西南北 春夏秋冬 ヨーロッパの旅

キプロス 1999年12月


11. コロッシ城 (騎士団の城)

コロッシ城 コロッシ城(右の画像)に到着。現存のコロッシ城は、 1454 年に聖ヨハネ騎士団によって築かれたものと言われている。

コロッシの領地は、キプロス王ユーグ 1 世によって、1210 年に聖ヨハネ騎士団(後のロードス騎士団、マルタ騎士団)に与えられた。この地に築かれた最初の城も同年に築かれたものと言われている。(その遺構が今も残っている。)

キプロスの王位争いと騎士団

14世紀の初頭のこと、キプロスを支配するルジニャン家の中で王位争いが起こった。アンリ 2 世の王位を、弟のアモーリーが奪おうとしたのである。

聖ヨハネ騎士団はアンリ 2 世を支持した。テンプル騎士団はアモーリーを支持した。

やがて、王位はアモーリーの手に移り、彼を支持したテンプル騎士団がコロッシの領地を手に入れた。

しかし、キプロス王アモーリーは暗殺者の手により命を失った。

また、テンプル騎士団はフランスにおいて異端の罪を問われ、 1310 年には裁判が始まった。やがて 1313 年には判決に至り、フランス王フィリップ 4 世はテンプル騎士団の解散を命じた。

彼らの財産は没収され、コロッシ城と領地は、再び聖ヨハネ騎士団の手に戻った。




コロッシの城の中を歩く。下の画像は、城の最上階の様子だ。

コロッシ城 3 階

今では飾り気の無い城内だが、かつては華やかな時代があったはずなのだ。テンプル騎士団にしても、聖ヨハネ騎士団にしても、中世には豊かな財力を誇っていた。

但し、やがてマルタ島を本拠地にしていた聖ヨハネ騎士団は、エジプト遠征途上のナポレオンによって本拠地を奪われ、今ではイタリア首都ローマにあるコンドッティ通りに本部を置いている。(ん、これってさっき書いたかな。)

関連書籍

参考になる・・・かもしれない本を探してみました。(本の題名をクリックすれば詳細が表示されます。)

サボテンの実 ?? 城を出て見かけたのが、右の画像。これはサボテンの実だろうか ??

ついでに、サボテンの向こうに見える石造りの建物。 18 世紀まで使われた砂糖工場の跡である。かつてキプロスでは、サトウキビの栽培が盛んに行われていた。そのサトウキビから砂糖が作られていたわけだ。

【参考】都市別ツアー


【参考】ホテル検索



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