キプロスの王位争いと騎士団
14世紀の初頭のこと、キプロスを支配するルジニャン家の中で王位争いが起こった。アンリ 2 世の王位を、弟のアモーリーが奪おうとしたのである。
聖ヨハネ騎士団はアンリ 2 世を支持した。テンプル騎士団はアモーリーを支持した。
やがて、王位はアモーリーの手に移り、彼を支持したテンプル騎士団がコロッシの領地を手に入れた。
しかし、キプロス王アモーリーは暗殺者の手により命を失った。
また、テンプル騎士団はフランスにおいて異端の罪を問われ、 1310 年には裁判が始まった。やがて 1313 年には判決に至り、フランス王フィリップ 4 世はテンプル騎士団の解散を命じた。
彼らの財産は没収され、コロッシ城と領地は、再び聖ヨハネ騎士団の手に戻った。
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