ソ連崩壊後のアゼルバイジャン
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1988.02
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ナゴルノ・カラバフ州の地方議会がアルメニアへの帰属を要求した。
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同月末、アゼルバイジャン国内に住むアルメニア人とアゼルバイジャン人との間の対立が激化し、スムガイト市で衝突が起こった。
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1988.12
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アルメニア大地震。
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しかし、アゼルバイジャンはアルメニアへ送られる救援物資の国内通過を許さなかった。
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1989.09
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アゼルバイジャン最高裁判所は、アゼルバイジャンの主権を確認した。
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1989.11
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ソ連最高会議は、アゼルバイジャンによる主権宣言の無効を決議した。
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1989.12
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アルメニアは、ナゴルノ・カラバフ州がアルメニアの領土であることを宣言した。
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1990.01
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ナゴルノ・カラバフ周辺でアゼルバイジャン人とアルメニア人との間の衝突が頻発した。
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同月、ソ連軍(内務省部隊)の戦車がバクーに突入。
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1991.08
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アゼルバイジャン政府は独立を宣言。
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1992.01
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アルメニア人が多数を占めるナゴルノ・カラバフ州が独立を宣言。
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同州の独立を認めないアゼルバイジャンの軍が攻勢をかけた。
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1992.03
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アゼルバイジャンのムタリボフ大統領が辞任。
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1992.05
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アルメニアの不正規軍が攻撃。
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同月、アゼルバイジャンの人民戦線が無血クーデターに成功した。
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1992.06
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アゼルバイジャン軍が反撃。
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同月、民族主義者アブルフェス・エリチベイがアゼルバイジャン大統領に選出された。
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1992.12
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アゼルバイジャン軍がアルメニアに攻撃を加えた。
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1993.01-02
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グルジアに住むアゼルバイジャン人により、アルメニアにつながるパイプラインと鉄道が破壊された。
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1993.02
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アルメニアが反撃に成功。
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1993.06
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更迭された元軍司令官によるクーデターを起こし、エリチベイ大統領は逃亡。国家評議会はアリエフ氏に権力を委ねた。
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1993.10
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対抗馬不在の選挙に於いて、アリエフ氏が大統領に選出された。
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1994.05
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アゼルバイジャン、アルメニア 及び ナゴルノ・カラバフとの間で停戦(ビシュケク・プラン)が成立した。(しかし、その後も戦闘は頻発している。)
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1994.10
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クーデター未遂事件。
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